京都学園大学・京町家キャンパスでは祇園祭の行事で南観音山、八幡山の皆様に大変お世話になりました。特にクライマックスの7月17日の山鉾巡行までの6日間を京町家キャンパスからの視点で日記風に流れをまとめてみました。
12日(月)、松立ての日
小雨が降る中、朝から山鉾を立てる作業が始まりました。京町家キャンパス前にも南観音山の骨組みが出来ていました。夕方には一旦横倒しにされた山に真木が差しこまれ、南観音山、北観音山を象徴する赤松を取り付けて90度回転して山が起こされました。また、国際ヒューマン・コミュニケーション学科では八幡山の粽を巻くお手伝いをしました。※八幡山粽巻きの様子は7月12日分の記事でご覧頂けます。また、日本語日本文化専攻がお手伝いした南観音山の粽巻きの様子は6月26日(土)分の記事でご紹介しています。

↑松立ての様子。京町家キャンパスの目の前での光景です。

↑町内の皆さんが見守る中、てこの原理で松を取り付けた山ごと起こされます。

↑背の高い山が起き上がってきました。

↑電線すれすれでした

↑松が立てられると自然に拍手が起きました。その後、縄で固定していました。
13日(火)、曳き初めの日
山鉾が立ち、曳き初めがありました。ちょうどこの日、台湾より正徳高級中学(日本の高校と同等)で日本語を学ぶ15名の元気な女子学生と先生1名が浴衣の着付けと曳き初めの体験に来られました。南観音山はお囃子と共に、新町通りを数百メートル往復しましたが、生憎の雨で皆さん軒下からの見学となりました。それでもキャンパスの目と鼻の先を通る迫力と京都ならではの情緒に大変喜ばれた様でした。そんな皆さんから私も元気を頂きました。

↑13日の朝、屋根が取り付けられていました。

↑13日お昼頃、懸装品が取り付けられていました。

↑4時から曳き初めがありました。お囃子に合わせて新町通を曳かれる南観音山を台湾正徳高級中学の皆さんとご一緒に見学しました。右端は北観音山です。

↑夜になると提灯が取り付けられ、その明かりで山鉾が浮かび上がります。まるで夜の美術館のようです。
14日(水)、宵々々山
露店が並び始めいよいよお祭りのクライマックスが近い雰囲気です。市内には一時強い雨が降りました。京都学園大学のある亀岡にも大雨警報が発令されて、JR山陰線が一時運行見合わせになり、授業や売り子に間に合わなくなる人がいるのではと心配しましたが、皆さん雨の中やってきて交代で粽を売りました。通常授業の後、午後6時からはメディア社会学科による祇園祭の特別講義がありました。講義の終了後、雨や売り子の交代などで残っていた学生さんに手伝って貰い、大家さんの小島さんに京町家キャンパスをお返しするため、8時前から片付けをしました。パソコンや掲示板、ホワイトボードなどを蔵の中に仕舞いました。外では山の提灯に灯が灯り、人通りもかなり激しくなってきていました。

↑14日、山に埒〈らち〉が取り付けられます。この埒の中で粽や手拭い、扇子などを売ります。手前のブルーシートには蝋燭を献灯する台が設置されます。

↑粽を買いにお客さんが来られました。売り子や商品が濡れないように雨避けのための透明なカーテンをしています。

↑6時からのメディア社会学科の講義に先立って、大家さんの小島さんに祇園祭と地域との関わりについてお話をして頂きました。

↑その頃、キャンパス前は新町通りを行き交う人々や、お囃子などでとても賑わっていました。

↑キャンパスの片付けを手伝ってくれた皆さんと、粽売りのお二人。日本語日本文化専攻の皆さんです。
15日(木)、宵々山
風が涼しく日差しの照るいいお天気でした。祇園祭の間は大家さんの小島さんにお返しするということで、今日から京町家キャンパスの授業は一時お休みです。2階の教室だけは浴衣の着替え場所として使わせて頂けるので、女子学生と男子学生が交代で着替えて、目の前の南観音山にお手伝いに出ます。2階は冷房が効いてきますが、外はだんだん暑くなってき、夕立ちもありました。 新町通りもどんどん賑やかになってきました。

↑新町通りなどはもちろん車両通行止めになっています。通りの両側に屋台が並んでいます。

↑夕立後の蛸薬師通り、新町と室町の間。この頃は毎日のように夕立がありました。

↑粽を売る学生さん。雨避けのカーテンも開けて埒がすっきりしています。
16日(金)、宵山
からりとした晴天の宵山でした。朝から晩まで売り子がシフトに入っていてお祭り一色です。お昼頃から人が増え、山鉾の近くではカメラを構える人、粽を買う人、山鉾に登る人で流れが滞り、ごった返してきました。2時頃、正護院の山伏が回ってきました。役行者山の前で、祭の無事を祈り護摩焚きを行うそうです。この時間はとても暑くて大変だったろうと思いますが、それに負けずにお手伝いしてくれました。3シフトの計6時間もお手伝いしてくれた学生さんもいました。夜11時過ぎに、南観音山のあばれ観音行事がありました。

↑お客さんが少ない朝のうちに粽の袋詰めなどの作業をしています。

↑お昼、徐々にお客さんが増えていました。

↑2時頃、山伏が南観音山にご祈祷にやってきました。

↑その頃の京町家キャンパスの中。パソコンなどは全て片付けてあります。時々格子の間から中を除く人がいました。

↑7時頃、人気のあった南観音山の手ぬぐいが全て売り切れ、サンプルを外す学生さん。

↑夜11時過ぎ、観音様が町内を担がれあばれ回ります。金曜の夜の為か大勢の人が待っていました。
17日(土)、山鉾巡行
祇園祭のクライマックス山鉾巡行です。刺す様な強い日差しによって山鉾の懸装品の金と朱が輝きます。日本語日本文化専攻と歴史民俗専攻のフィールドワークでは巡行の見学で、キャンパス2階の虫籠窓から目の前を通る山鉾を順番に見物しました。また、本学の松村修事務局長が南観音山の巡行のお供に参加致しました。見物する方も暑いですが、お供の方は更に暑くて大変だったかと思います。

↑17日の朝、山鉾巡行の直前の四条通りより新町方面を見た風景です。

↑キャンパス前にて、日本語日本文化専攻で山鉾巡行の見学に来た皆さんと、巡行のお供をするかみしも姿の松村修事務局長。

↑同じく学生の皆さんと松村修事務局長、山崎芙紗子先生。

↑新町通りから四条通りへと出てくる南観音山。赤松だけが見えています。

↑四条新町での辻回しの様子。

↑最後尾の南観音山は、同じ新町通りの北観音山が先に籤改めに向かうため、一度後ろへ下がって進路をあけています。

↑音楽を奏でる天人や、朱色が多い懸装品は女性の観音様の山ならではという感じがします。

↑お供として山の前を歩く松村修事務局長。(中央無帽)

↑南観音山の後懸。照りつける日差しの中での山鉾巡行でした。
こうして厄祓いが完了した山鉾は町内に戻るとただちに解体されてしまいました。後は元通りの町内に夏の日差しが強烈に照りつけています。終わってみるとあっという間の夢のような時間でした。お祭りに参加することができて、一同とても幸せでした。半分夏が終わったかのような錯覚に陥りますが、まだまだ京都の夏はこれからです。春学期試験ももう一部では始まっています。皆様が充実した夏を過ごされますように祈念いたしております。